はじめのいっぽ

このブログの管理人であるキム君の友人のいっぽです。実はいっぽっていうのは本名で、最近になってようやく自分の名前の独特なネームセンスにかっこよさを感じられるようになりました笑

僕もほんの少し写真を嗜んでいて、写真を始めてからずっとフィルムの知識しかないし、フィルムでしか撮っていない。別にデジタルが嫌いというわけではなくて、たまたま実家にあったカメラがフォトラマ90aceっていうインスタントカメラと祖父の富士フィルムtiara、それにミノルタハイマチック7っていう宇宙にも行った名誉あるカメラだっただけのことだった。それに97年生まれの僕を両親が幼少期に写してくれた写真の殆どはまだギリギリポラだったり、フィルム写真だったりしたことで、フィルムの風合いに慣れているのかもしれない。

それまで写真を撮るという行為については全然興味がなかったんだけど、なぜか小学生の時のクリスマスの日に”サンタさん”からホルガ120をプレゼントされていた。それがまた黄色いボディでもの凄く目立つの笑 それを小柄な小学生が肩からぶら下げて、はしゃいで東京タワーに行って安っぽいホルガのボディの裏蓋をペコペコいわせながら撮ってたりと、どこに行くにも連れて行ってたのを今考えると、可愛すぎるぜ、当時の俺!ってなる。ただ親に買ってもらったブローニーのフィルムを装填して撮っていたのはいいんだけど、当時の僕には撮影後の処理が分からず、行方知らずのまま何年も経ってしまった。増上寺で撮った母と祖母のツーショットを納めたネガはどこにいってしまったのだろう。。。

そんなこんなで、机の引き出しの奥底に眠っていた小学生時代のホルガのネガを発掘したのは当時大学受験が終わって、一段落していた春休みの時期だった。この頃から日常的に何かしら写真を撮っていたかもしれない。動機は曖昧なんだけど、自分の周りから無くなっていってしまうものへの焦りから写真の記録性に依存していたのだと思う。それはもちろん当時家族のことでもあったし、何より中高時代お世話になった東横線の地上の渋谷駅が無くなって、自分の原体験が失われることへの焦りも影響していた。無くなってしまうものたちの記録をしなければと何度も何度も渋谷駅に通っていたな、あの頃は。当時オリンパスXAでも撮っていたりしていたから、その現像のついでに発掘されたホルガのモノクロネガも現像することにした。現像から上がってきたホルガのネガは殆ど写っていなかった。時間が経ち過ぎているからなのか、そもそもホルガ自体がダメだった(笑)のかは今でも分からない。でもその中で二枚写っていた写真があって、僕の部屋の窓から見た景色だった。その何の変哲も無い写真は、多分当時の僕が美しいと感じて思わずシャッターを切った一枚であったはず。

そういえば記録に囚われて写真を撮っていた時期は、楽しいというよりもむしろ焦燥に駆られていたようにも思える。ホルガで撮った写真を眺めながら、あの頃の自分がもっと純粋な気持ちで写真を撮っていたことを思うと、少し泣けてきた。いつか見た映画「パターソン」の主人公もささやかな日常の中で詩を紡ぐために、あふれる美を見つけていた。きっと僕の日常にもまだまだ見つけきれていない美しさとか心に響くものがあるはずだ。

何の写真を撮っていいのか分からなくなったり、記録という要らぬ責任感で撮ってきた今までの自分に少し喝を入れてくれたホルガは、もうどこかにいってしまった。僕にとって、写真を撮る行為のはじめのいっぽのきっかけはホルガだったのかもしれない。

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